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3月11日。

あの3月11日から5年の日々がたちました。
5年前僕は今と同じく東京に住んでおり、その日はライブのサポートの仕事がありその用意をしていました。
そこに突然の大きな地震。一人暮らしでテレビを持っていなかったので、地震がおさまった後、家の外に出るとそこには普通の日常が広がっていました。なんだかキツネにつままれたような気がしながら、自転車でライブ現場に向かったのを覚えています。

結局ライブ現場は地震の揺れによりぐちゃぐちゃで、交通も麻痺しており、とてもじゃないけどライブなんてできない、ということでその日は解散になりました。
帰り道、ライブ主催者に連絡するも電話は繋がらず、気付けば車は大渋滞、帰宅難民がとぼとぼと家路を列をなして歩いている景色が異常な光景として頭に残っています。

これが僕の5年前です。
もちろんたくさんの人がそれぞれの3月11日を経験しています。
実際にその場にいて亡くなってしまった方々、残された人々、被害を被った方々、東京にいたみんな、遠くで小さな余震を感じていた人、海外でニュースを見て愕然とした人。いろいろな人がいますが、日本に住む全員が同じ時間、同じタイミングで、恐怖と不安を味わった出来事は3月11日を置いてないような気がします。

そのあと、僕も福島の友人に会いに行ったり、実際に福島に遊びに行ったりしました。みんな少しずつ立ち直っているようでしたが、いろいろ話していると精神的な壁のようなものを感じる時もありました。それは沖縄出身の人に初めて会った時に、本土の人、と呼ばれた時と同じような感覚でした。

街が復興して、見た目に体裁が整っても、この精神的な壁のようなものはなかなか取りはらえるものではないのでしょう。この壁を取り払うには、長い時間とちゃんとしたコミュニケーションが必要な気がします。僕にはそういった大きなことはできそうにないけど、福島にいる友人たちと昔のように気兼ねなく話せるようになることくらいはできそうだなあ。

福島でやろう、って現地の友人たちと話していたライブ、実現させよう。

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